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グラウンド・ゼロの整備は進み、被害者のための催しの多くは終了しました。ニューヨークの役人たちは意識を追悼に向けつつあります。しかし、2001年9月11日から時を経たにもかかわらず、犠牲者の家族たちはいまだに喪失感を抱きながら、日々の仕事をこなすことに奮闘しています。
ライオンズが行ってきたこと
ライオンズはテロの被害者に直接的な支援を行いました。ニューヨーク州の650のライオンズクラブが、ライオンズの新しいExtended
Family Programの詳細を記したパンフレットを受け取りました。近隣州のライオンズもこのプログラムに参加し、被災者家族が病院に行く時に送迎したり、家の修繕をしたり、さまざまな方法で同時多発テロによる喪失を埋めようとしています。
「ライオンズは助けを必要としている人々に、自分たちが出来る最善の援助を行っています」と、チャック・コストロ元国際理事は、1月にウォーチェスターで開かれたテロの被害者を支援するためのフォーラムで発言しました。この会議はエドワード・ケネディ上院議員の主催で開かれたものです。
ライオンズが既に完了した奉仕もあります。マサチューセッツ州のクラブは、ご主人がビルに突入した飛行機に乗っていて遺族となった女性の家の、冬の防寒設備を整えました。
ライオンズはExtended Family Programに加えて、テロ被害者を支援しています。今年の夏はメーン州のキャンプ・サンシャイン(ここは通常、がん患者のキャンプが開かれます)で、テロで亡くなった人の子どもたちを招待してユース・キャンプが行われます。250万ドルのアメリカ同時多発テロ被災者救援基金の中から、3万ドルのLCIF交付金が充てられる予定です。
海外のライオンズも、同時多発テロの影響を受けたアメリカの青少年を支援しています。オーストラリアのライオンズは、自分たちの家に150人もの子どもたちをホームステイさせることにしました。フランスとドイツのライオンズもまた、ホームステイに向けて動いています。パリの消防隊長である、あるライオンズ会員も同様に検討しています。
海外のライオンズはその他の方法による支援も行っています。ドイツのハンブルグにほど近いバルドエルファーという町のライオンズは、犠牲となった消防士の子どもたちのための奨学金として、アメリカ同時多発テロ被災者救援基金に1万1,500ドルを寄付しました。12歳と13歳の子どもがいる未亡人が選ばれました。
ライオンズ9月11日運営委員会は、犠牲者への短期的経済支援として、25万ドルを確保しました。この交付については、51家族が支援を受けるための審査を受けており、8家族が経済支援申請書を完成、現在考察中です。
ライオンズはニューヨークの復興努力にも力を注いでいます。1週間のうちの5日間、朝9時から夜9時まで、何人かのライオンズがグランド・ゼロと残骸が運び込まれるスタッテン・アイランドで、復興作業を行う人たちのために2つの詰め所を作り、手伝いをしています。はるかイギリスやカリフォルニア州からもライオンズ会員がやって来て、懐中電灯や人工呼吸器、ハンド・ウォーマーなどを寄付したり、配布を手伝ったりしています。
「奉仕の中には素晴らしい魂があるんだ」と、ボランティア活動の組織づくりにも尽力したアル・ブランデル元国際理事は語ります。「みんな、ここに来た時には予期しないことだが、何日かハードな仕事をこなすうちに、またここに戻ってきて同じことをしたいと思うようになるんだよ」
自身もライオンズ会員であるブランデル元国際理事夫人、モーリーン・マーフィー博士も詰め所でボランティア活動を行う一人です。ボランティアとして働くライオンズたちは消防士や警察官と話をする機会がありました。「とても有益な会話でした」とブランデル夫人は言います。「ライオンズ会員は彼らの行動に感謝し、自分たちが復興作業を行う人たちに快適な場所を提供出来ることに、とても充足感を得たんです」。
詰め所で働くライオンズは表舞台には登場しません。しかし、人々は復興におけるライオンズの努力を心得ており、グランド・ゼロの5つの温かいコンテナに感謝しています。LCIFから寄付され、ライオンズのロゴが描かれたコンテナは、1つは通行人が多く衆目に触れる場所にあり、残る4つは路上に設置されています。
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