最終更新日2007年6月28日
オープニング・アイズの歴史は1991年、ポール・バーマン医師が、ミネソタ州で開かれたスペシャルオリンピックス夏季世界大会の選手に視力検査を提供した時に始まりました。バーマン医師はアメリカ・オプトメトリック協会(AOA)のスポーツビジョン部会(SVS)の役員で、現在はスペシャルオリンピックス-ライオンズクラブ国際協会オープニングアイズの国際臨床責任者を務めています。この年、ボランティアの検眼士による検査の結果、受診した選手の約3分の1が眼鏡を必要とし、66%が過去3年間に一度も眼科検査を受けていないことが明らかとなりました。しかし、症状を診断し処方を提供するだけでは不十分で、多くの選手には補正レンズが必要でした。バーマン医師とその同僚は1995年の次の夏季世界大会までに、選手たちに色覚異常の検査を提供し、眼科界から寄贈された眼鏡を配布しました。オープニングアイズはこの時を出発点として今日に至るまで、ボランティアの眼科医療専門家がスペシャルオリンピックス選手に無料の眼科検査を提供する機会となっています。この検査は既に数千回実施され、受診した選手は数万人に達しています。
SVSの議長としてAOAと協力していたバーマン医師は、後にスペシャルオリンピックス・オープニング・アイズ・プログラムの確立に着手しました。SVSはアメリカ全土の500人余りの検眼士で構成され、そのメンバーはアメリカ・オリンピックフェスティバル、オリンピックスポーツフェスティバル、ジュニアオリンピックなどの競技会で、あらゆる年齢と能力の選手の眼科検査に携わっています。
スペシャルオリンピックスでの検査は1991年、アメリカのミネソタ州ミネアポリスで開かれた夏季世界大会で初めて実施され、370人の選手が検査を受けました。診断の定まらなかった選手やフォローアップの必要な選手は、各地域の眼科開業医に紹介されました。この初回検査の経験から、スペシャルオリンピックス選手が質の高い視力・眼科医療を必要としながら、そのニーズが全く満たされていないことが明らかとなりました。
オープニングアイズ・プログラムはその後、コネチカットで開かれた1995年の夏季世界大会で転機を迎えます。以後の治療を勧める結果概要を手渡されるだけだった選手たちは、この時からその場で診療を受けられるようになったのです。プログラムはスクリーニング検査に加えて、屈折検査(眼鏡の処方を決定するための検査)と処方眼鏡の提供を含むものへと拡大されました。コネチカット大会では合計905人の選手が受診し、400組の処方眼鏡が無料で配布されました。
1997年の終わりには、この視力プログラムと歯科検査プログラム「スペシャルスマイルズ」を取り入れた6部門の検診から成るヘルシー・アスリート・プログラムが確立され、スペシャルオリンピックスの事業形態に組み込まれました。当時の視力プログラムは、スペシャルオリンピックス・オープニングアイズ視力保健プログラムと呼ばれるものでした。2001年にはライオンズクラブ国際財団(LCIF)の資金提供によって、スペシャルオリンピックス・オープニングアイズ・プログラムの世界的な拡大が実現します。プログラムの名称はこれに伴い、スペシャルオリンピックス-ライオンズクラブ・インターナショナル・オープニングアイズへと変更されることになりました。 |