| 最終更新日2004/4/12
地震の後の支援
1999年8月17日にトルコ北西部を襲った巨大地震は多数の都市や村落に甚大な被害を与え、建物はすべて灰燼に帰しました。茫然自失の生存者たちはアメリカのあるジャーナリストに「神様がすべてを奪ってしまった。私たちには何も残さなかった」と語りました。マグニチュード7.4を記録したこの大地震では1万7,000人の人々が死亡し、20世紀の地震としては11番目に死者の多いものとなりました。
信じられないことですが、3カ月後にもう一度大地震がトルコを襲いました。更に何百人という人々が命を失い、何万人という人々が家を失いました。低迷する経済にもがき苦しんでいたトルコは、この2度の震災によって更に苦況に陥りました。生存者の救済は不十分で、2001年の夏になっても多くの人々が不自由なテント村で生活していました。
幸いなことに、ライオンズクラブがLCIFを通じて多くの人々の窮状をやわらげました。合計4万ドルの緊急援助金によって、震災から数日以内に食糧と衣服が支給されました。更にその後LCIFは200万ドルを拠出して100戸以上の一戸建て住宅、2つの大規模学校、いくつかのデイケアセンター、そして大学寄宿舎、ヘルスセンター/学生センターを建設しました。
支援を受けた家族の中に、コンテナを改造した住居を得たイナノグルさん一家がいます。夫人のハニフェ・イナノグルさんは、「ライオンズクラブは私たちを決して見捨てません。ライオンズクラブは、地震で仕事場を失った靴職人の夫が仕事を再開出来るようにしてくれました。ライオンズ村での生活は素晴らしいです。ライオンの皆さんは私に生活の立て直しかた、教育の大切さ、それにこうした異常な状況の中で共存共栄する方法を教えてくれました。両目に涙をいっぱい浮かべて私は言いたい。世界中のみんながライオンズの皆さんのように善良になれたらどんなにいいかと」という手紙をLCIFへ送ってくれました。
ほかの救援活動の場合と同様に、トルコのライオンズも強力な救援活動を行いました。トルコのライオンズは一戸建てコンテナ住宅のために14万5,000ドル以上を募金し、またコンテナ住宅を建設し、その什器備品を配布するボランティア活動のために膨大な時間を割いてくれました。
トルコへのLCIFの援助の約90%は、日本を中心に世界中のライオンズクラブからの献金によるものでした。LCIFは10万ドルの大規模災害援助交付金と4万ドルの緊急援助金を供与しました。2001年に、LCIFは138件の緊急援助金を支給しましたが、そのほとんどは1件当たり1万ドルでした。これら交付金は台湾での台風やオハイオ州での大竜巻など自然災害に対する緊急救援物資の供給に振り向けられました。
トルコに対する援助のほとんどは2000-01年度に実行され、現在も前向きな効果を得ています。2000-01年度に拠出された大がかりな災害交付金は、インド・グジャラート州における地震救済交付金50万ドルと、エルサルバドルの地震で倒壊した家屋を再建するための10万ドルの2件です。
自然現象は毎年破壊を繰り返しています。しかしライオンズクラブはLCIFを通じて救援活動を行い、地域社会が立ち直れるようにします。
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